2018年8月号 みんな本心は「愛」

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みんな本心は「愛」

タイの洞窟で18日間閉じ込められていた、13人の少年たちが、世界中の愛深い人々によって救出されました。そしてそのニュースを、世界中の人々が、歓声を上げて喜びました。私もこの原稿を書きながら、感謝の涙がながれています。この救出劇には、世界中からボランティアでダイバーが90人も集まったと言います。少年達の命を救いたくて、いてもたってもいられず、駆けつけたのではないでしょうか?また少年達を率いていた25歳元僧侶の青年も、深い愛で少年達を守り続けていました。

もし彼が自分が助かりたいと望み、また貴重な食物を奪い取っていたら、洞窟の中は修羅場になっていたでしょう。そしてそのストレスは、間違いなく彼らの命を縮めたはずです。彼の大きな愛が、少年達を落ち着かせ、希望の光となっていたに違いありません。彼の中の本心が、パニックになることなく愛の行動をさせていたのです。

みんな本当は「愛」そのもの

自分の利害損失に捕らわれず、主義主張にとらわれず、学問や知識や権力や地位にもとらわれない、曇りのない心が素直な心です。素直な心で生きるとは、例えると、人間誰しも無意識にかけている心の色眼鏡をはずして物事を見、判断し、考え、行動するということです。すると白いものは白く見え、黄色は黄色に、青は青と ありのままが見えます。お互いがそのような素直な心になれば、物事の実相を観て、正しいかどうか、適切かどうかの判断が正確にでき、「なすべきことをなす」という勇気も湧いてくるはずです。

人間のあくなき欲望の強烈な力      

人間は、性欲、食欲、睡眠欲といった根源的な欲望や、「愛されたい」とか「認められたい」という欲、ついにはグルメで贅沢の為だけに動物たちを殺してまで自分の欲を満たそうとします。その他、色々な欲望を元に感情がわきあがり、その結果、不快(辛さ、苦しさ、恐れ、不安、怒り、ストレス他)は徹底して避け、逃げ、あくなき欲求として快(嬉しい、楽しい、面白い、充実感、やりがい、安らぎ、他)を求め続けます。

その欲求の為には、大変な努力をもいとわず、場合により他人を殺め、戦争をしてまで自分の欲求を達成しようとします。

欲と感情を生きる?それとも愛を生きる?選ぶのは自分

人間は間違いなく、大きな愛としての存在であるのに、我欲に負け、振り回されて、普段は「愛」が引っ込んでしまっているのです。

しかし、今回の洞窟事件の様に究極の事態を目の当たりにした時、愛としての自分が出現します。東日本大震災の様に大きな震災等が起きた時に、眠っていた人々の愛が呼び覚まされて、ひどい惨状の中で支え合いが起きる、特に日本は助け合える国です。強い欲の力に負けてしまうのか、欲を押しのけ本心の愛として生き抜くのか、一人一人常に問われているのです。

「ありがとうございます」の言霊に導かれ、愛を生きる時が来た

今この時代は、愛を生きる人々が、増え続けています。それらの人々の相乗効果の大きな愛に影響され支えられて、本来の自分の姿である愛に戻る人が増え続ける、そんな時代が、とうとうやってきました。

「ありがとうございます」は本来の自分の愛を表す言霊です。だから「ありがとうございます」を唱え続けると、自然に愛が目覚め、優しいまなざしの自分が生まれてくるのです。